鈴彦姫【洋物編】

「鈴彦姫【和物編】」に続いての【洋物編】です。

今演技で使っているハンドベルを手に入れたのは、本当に偶然が重なった故のことでした。しかも「マジックに使おう」と思って購入した訳ですらありませんでした。

買ったのはイタリアの青空市場で。コンテスト出場のために赴いた時のことでした。その大会には知人の方も何人か参加されることになっており、本当はその方々と一緒に行くはずだったのですが、いろいろあって私だけ1日早い便でイタリアに到着しました。即ち大会の始まる前1日は全くフリーだった訳です。

開催地はベネチアの近くの保養地のような町でしたが、外国人観光客がフツーに面白がるようなものは何もありません。しかし、私にとっては初めてのイタリア!フツーに町の中を散歩するだけでも、フツーのバールに入ってフツーにゴハンを食べるだけでも十分楽しかったのです。どんなケチな店でも、カプチーノだけは絶品な上に安かったのも嬉しかったです。

さて、全くのフリーの1日目の朝、まず外へ出てどこへ行くともなしに歩いていると、ある方向に人の流れが見えました。なんとなく、その流れについていくと、ありました!青空市です!食べ物をはじめ、キッチン用品や雑貨、金物、アンティーク、洋服などなど、様々なモノが売られています!こういう市を見て回るのは大好きなので、喜んでウロウロしました。

この市でまず手に入れたのは、コンロの上に置いて使う小型のエスプレッソメーカー。日本で買うより幾分安かったです(勿論値引き交渉もしました!)。そしてカプチーノ用のミルクを泡立てる電動小型クリーマー。300円だったと思います。後日、全く同じものを日本の通販カタログで見つけたのですが、2000円くらいの値段がついていてビックリしました。乾電池2個で動き、モーターで先端を回すだけの構造なので、国内で生産していて且つ需要がある商品ならばそんなに高くなるはずもないのですが、輸入物なので仕方がないでしょう。

次に手に入れたのが件のハンドベルです。ちょうどイタリアに来る直前に、学生時代のサークルの仲間に協力してもらってクロースアップマジックのイベントを催したのですが、その中で時間制限付きのコンテストを行いました。時間経過を知らせるためにこんなベルを使ったら面白いかなー、と、まー本当にそんな用途を想定して買いました。出来れば同じ大きさのものが良かったのですが、大小一つずつしかなかったのでその二つを買うことにし、そしてここでもちゃんと値引き交渉しましたよ!

ところで、イタリアへ来る直前のこと。即ちクロースアップマジックのイベントとイタリア旅行の間に、私は国内のあるコンテストに出場しました。その時の手順は今の形になる一つ前の、余りまとまりのないもの。他のコンテストでの結果を踏まえて、ある程度評価された上での招待コンテストではありましたが、自分としては「完成した」という達成感は未だ持っておらず、今思えばそんな不安な気持ちがその時の演技に表れていた気がします。その日の演技の出来は全くもって納得できるものではなく、コンテストの結果よりも何よりも、自分自身に勝てなかった事が本当に悔しくて、情けなくて、夜行バスで帰る道すがら、ずっと泣いていました。(当然、イタリアでも惨敗)

このコンテストを見ていた知人が、後日「イヤリングを外して鳴らすところが良かったですよ。なんかゾクッとしました」という感想をくれました。

ぇと…そこあまり手品と関係ないし…

まー、ホカに褒めるところを思いつかなかったのでしょうね…。

この感想を貰ったゆえ、ではないのですが、結果的にこの後、この部分が良い形に昇華していきました。この翌年、もっと大きな大会のコンテストに出場することになっていたので、手順を再構築しなければ、という想いはありました。ですからイタリアから帰国してすぐに、その作業に取り掛かったのです。

葡萄の房形イヤリング

上記の知人の感想からもお分かりのように、既に鈴で作ったイヤリングを手順の中に組み入れていましたが、イヤリング自体をもっと見栄えのするものにしようと考え、イロイロな鈴を買い集めていました。その中から表面に縮緬のような細かい模様が入った独特な輝きのある小粒な鈴を選び、葡萄の房のような形のイヤリングを作りました。なかなか良いものが出来ましたが、かといって、コレをどう使うか、ということは余り考えていません(私の手順構築の過程ではよくこんなことがあります)。が、ある時、なんとな~く、イタリアで買ってきたハンドベルの中にイヤリングを入れてみたら…ん?上手いこと収まるなー、じゃ、ココに入れちゃおっ!ということで、ハンドベルも採用決定…!そして新たに鈴が主役のパートが創出されるに至ったのです。

「パートが創出」されたということは、パートが増えたのか、というと、さにあらず。私の演技は大きく4パートに分かれており、それは初期の頃から今まで変わらないのですが、鈴のパートが増えた時に削ったパートがあります。とはいっても手品の現象が減った訳ではなく、それまで2分30秒かけてちんたら起こしていた現象を、15秒にぐっと縮めて最後のパートに押し込んだのです。お陰で内容がぎっしり詰まったスピーディーな演技に生まれ変わりました。逆に言うと、それまでの演技がどれだけ眠たいモノだったのか、ってコトになりますね…

マジックのことを熱心にイロイロ研究している方から教えていただいたのですが、音色を生かしたマジックは、その人の知る限りはマジックの歴史上で演じられていないそうで「あなたのが唯一だよ!」とのことです。だから価値が上がる、とかいうと、そういう訳でもなく、その「唯一」という事実自体もホントなのかどうか怪しいなーと思ってはいるのですが…。ある大会に出演した時、会場が半屋外だったため、音が拡散してしまうということで、わざわざ私の演技のためにマイクで鈴の音を拾うようにしてくださったスタッフがいました。私が頼んだ訳ではなく、それどころか頼むことを思いつきさえもしませんでしたし、たとえ思いついたとしてもわざわざそんなことは頼めなかったでしょう。それゆえ、そんなところに価値を見出して心を配ってくださったのを、とても嬉しく思いました。

左が2つがイタリアで買ったもの。右2つがベルリン。

ハンドベルについては後日談があります。

マジックの道具というのは、思わぬところで故障したり破損したりするものなので、予備の道具をもう1セット用意している方が多いと思います。私も公演に赴く際は殆どの道具の予備を常に持っていきます。しかし、道具の素材自体が稀有な場合は用意のしようもありません。そう、イタリアで買ったハンドベルです。そもそもマジックの演技に使うつもりもなかったので、余分には買っていませんし、イタリアの同じ市に出向いたとして、買える保障もありません。まー、そんなに破損しやすい物でもないのでまあいいか、と諦めていたのですが…なんと!偶然!全く同じ形のベルを、ベルリンのフリーマーケットで発見したのです!

古いものを大切に使うドイツではフリーマーケットが盛んで、週末ともなると大きな規模のものが街あちこちで開かれます。大抵は屋外で催されますが、大きな建物の中に所狭しとブースが立ち並ぶ、平日も常設のフリーマーケットもあるくらい。

古銭がいっぱい!

コテばかりが大量に!

仏像の頭

コーヒー豆挽き!

ガラクタみたいな錆びた金具

さて、その日、私はかねてから行きたいと思っていた、ベルリン中心にある巨大な公園・ティーアガルテンのフリーマーケットに来ていました。特に何かを買うつもりもなく、ぷらぷらと歩き回っていました。そして真鍮の製品が並べられたブースに、何か見慣れたものを発見しました。

あのベルです!

値段を聞くと、思っていたよりかなり高め。二つ買うからこんだけにしてよ、と交渉してみましたが、店主は首を振るばかり。じゃ、まーいーや、と本気で思い、フリではなく、本当にその場を立ち去ろうとしたら、店主が「言い値でOK」と言ってくるではありませんか!図らずして思惑通り!目出度く2つのベルを手に入れました。

持って帰り、手持ちのものと並べてビックリ!大きさも形も全く同じです!同じ型から作られたか、同じ製造所で作られたものか、はたまたヨーロッパでは一般的な大量生産品なのか…改めて音を鳴らしてみると、ベルリンで買ったものの方がやや高く、涼やかな音がします。本体の色がかなり明るいので、金属の配合率が違うのかもしれません。実は今回の公演で初めてこのベルを使ってみました。以前からご覧になっている方も、特に音色の違いにはお気づきにならなかったと思いますけれど…。

このベルが果たして一般的なものなのかどうか、気になったので、この記事を書いてから画像検索してみたら、あっさり日本国内の販売サイトが見つかりました。お値段もイタリアやドイツで買ったのとそう変りません。いずれもイタリア製のようで、初めに買ったものは「真鍮古色仕上げ」、後から買ったものは「真鍮磨き仕上げ」のようです。配合ではなくて仕上げのみの違いなのでしょうか…。製造工場を見学してみたいですね。

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category: 付喪神